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僕と魔法使いの会話-耳刈ネルリシリーズ

登場人物紹介


バブみがない。

魔法使い

バブみがある。






 ――――物語に拳銃が出てきたら、それは発射されなければならない。
 〝魔法使い〟は部屋を掃除するようによくロシアの劇作家アントン・チェーホフの台詞を引用した。
 ――――誰も発砲することを考えないのであれば、弾を装填したライフルを舞台上に置いてはならないし、使わないのであればそれは捨てなければならない。それが掃除のコツだよ。
 そんな彼女とはもう何年も会っていない。取っ手の折れたマグカップを勝手に捨てられたのがきっかけで僕たちは喧嘩して、別々の道を歩むことになった。
 彼女は取っ手の折れたマグカップは切断面から新しい欠片を生み出して危険だし、そもそも105円のマグカップになんでそんなに熱くなるのかわからない、新しいの買いなよ、と主張した。
 僕は物や値段の問題ではなく信頼の問題なのだと〝魔法使い〟に説いた。人と人が手を取り合ってともに生きて行くには信頼が必要不可欠だし、そして僕は勝手に人の物を捨てるような人間は信頼できない、そう言った。
 彼女は105円のマグカップの話をして、僕は信頼の話をしていたので噛み合わないのは当然で、だから結果も当然のものだった。
 
 あれから何年か経って、僕も大人になってあの時僕は信頼の話ではなく105円のマグカップの話をするべきだったのだと思うようになった。腹を立ててるなら〝魔法使い〟に買いに行かせでもすればよかった。そしたら〝魔法使い〟はきっとせめてもの抵抗に僕に似合わない思いっきりかわいいのを買ってきただろう。
 そうして僕は僕一人だったら間違いなく選ばない、彼女のセンスを生活に取り入れることになるのだ。信頼ではなくそういう他人との歩み方もあると、僕は最近そう考えるようになってきていた。
 そういえば、未だに携帯電話にはなんとなく消せていない彼女の電話番号は登録されている。メールはともかく電話番号はもしかしたらまだ通じるかもしれない。
 
 ――――物語に拳銃が出てきたら、それは発射されなければならない。
 
 〝魔法使い〟の台詞を僕は思い出す。
 電話をかける気がないのなら電話番号を残しておいてはいけない。残しておいたのならそれはかけなければいけない。
 果たしてこれは物語上意味のある小道具なのだろうか?
 そういえば、〝魔法使い〟と青春について話し合ったことがあった。あれは確かあの時やっていた読んだ本について〝魔法使い〟に話す企画で、確か耳刈ネルリを読んだときだったか――――
 
 4月4日読了。 耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳
 4月14日読了。耳刈ネルリと奪われた七人の花婿
 4月20日読了。耳刈ネルリと十一人の一年十一組

耳刈ネルリと十一人の一年十一組 (ファミ通文庫)

耳刈ネルリと十一人の一年十一組 (ファミ通文庫)




 
 
「と、いうわけで耳刈ネルリ、全三巻読みました。いや、すげー面白かった。こう、上手いなー、って感じ」
「ほうほう、やられましたか」
 〝魔法使い〟はいつもの頭を使っているとは思えない脊髄でもできそうな相槌を打つ。
「いや物語的にもけっこう好きなテーマで胸を打つものがあったんだけど、それとは別に技巧というか、王道に面白いなー、って」
「んー、もうちょっとちゃんと説明お願い」
「えっと」
 まあ、確かに〝王道〟という言葉の使い方は僕にとっては素直な実感だったけど、あまり通じない気はする。
「こう、例えば〝このキャラクターがすごく好き〟とか、〝過去こういう経験があって、だからこの物語のこういうところが響いた〟とか〝普段こういう問題を漠然と考えていたけどそれがちゃんと明文化されることで整理されて解決法が示された〟とかそういう楽しさってさ、けっこうスペシャルな楽しさというか、僕、あるいは僕と似ている人だけの楽しさっていう気がするんだよ」
「うーん?まあ、続けて」
 〝魔法使い〟は反論や質問は最後にまとめてすればいいや、という顔で続きを促した。
「それに比べると、っていう話になるけど、えー……なんだろ、例えば〝ヒーローが現れる前にヒーローがやってくることを読者が待ち望むような描写を重ねる〟とか〝強敵が強いことを示すためにそこそこの強さのやつ(ピッコロとか日番谷とか)をぶつけて負けさせておく〟とかっていうのは一般的に面白くするというか娯楽作品としての完成度を上げるよな、みたいな?そういう意味で王道に面白いという言葉を使った感じ」
「なるほどなるほど」
「そしてこの作品は色んな要素の配置とか、物語の展開とかが計算され尽くされている――――かどうかはまったく知らないけど少なくてもそうだとしても驚かない、そんな風に感じられる、というくらいに色んな要素がさっきいった意味で王道に物語を面白くしている。まだこの作者の作品はこれしか読んでないけど〝たまたま今回は僕の好きなテーマだった〟ってわけじゃなくてこの作者が書いた本であればどれも面白いだろうな、って信じられる、みたいな」
 とはいえ、やっぱり何が書かれているかは大切というか、興味あることを書いた作家はだいたい次も興味あることを書くんだけど。数年かけて離れていくことはあっても急に興味や想像力の方向性が変ったりはしない。
 一冊読んで面白かった作家は別の本も面白い、というのは少なくても僕にとっては当てはまる話だ。
「とにかくこの3冊という長さもこの物語を描くのに最適な冊数だったように思うし、とても素晴らしい読書体験でした」
「うーん、正直今の話、なんとなく言わんとすることはわかるけど、特殊な面白さの話と一般的な面白さの話ってそんな分離できてるようなものじゃなくない?っていう気持ちがあるというか、結局普遍的な面白さは存在しないし多い少ないの問題よねー、って思うし」
「まあ、思うよね」
「少なくても君にそれを判断する能力はなくねー?っていうのが一番の感想かな。君友達いなかったからあんまり他人と感想を共有するタイプの読書してきてないしね」
「ま、そだね」
 脳内パーソナリティと話しているというムーブをしているときに、脳内パーソナリティに「君友達いないよね」って言われるの、反論のしようがないというか、圧倒的に正しい感じでなんかドキドキするな……。
 ちなみに僕自身はあんまり友達のいるいないの基準が僕の中にないので話している人の基準に合せようとするか、そうでなかったら都合のいい方立場を選んでたりする。蝙蝠野郎とか裏で言われてるかも。
「まあいいや、じゃあ聞かせてもらおうか。その作者の技巧とやらを」
「日に日に偉そうになっていくよね、君。さておき、その話はちょっと待って。多分あとで話した方が通りがいいから」
「んじゃ、最初はさっきから言ってる〝好きなテーマだった〟の部分?」
「だねー」
 
 
 
 
 
「僕はこれを異文化コミュニケーションと、青春の話だと思ってるんだけどまず異文化とのコミュニケーションの話からしようか」
「どぞどぞ」
「っていうか僕けっこう好きなテーマなんだよね。人は生まれ育った文化圏の価値観に知らず知らずに染まっていて中にいる間はそれに気付けないみたいなの」
 例えば、よく聞く話ではアリストテレスが奴隷制を肯定したみたいな話とか。
 誰の話かは忘れたけど(多分司馬遼太郎の軍師二人に収録されている話)でもそういう時代の考え方から脱却するのは難しいみたいな話があってドキドキしたのを覚えている。
「こう、上手く言えないけど作品の中ですごい天使みたく描かれている優しいお姉さんが現代的な価値観だとすごく差別主義的な文化の中で育ったのですごく差別的なことを言い出すみたいなのとかもすごく好きかなー。あと、同じ言葉を使って理性的に話しているのに話せば話すほど分かり合えない感が高まっていったり、些細なところでストレスフルだったりとかそういうの」
「その話さー」
 〝魔法使い〟は言いながらやや苦々しい顔で肩をすくめた。
「聞いてる人は〝あ、この人性格悪いなー〟って思うと思わなかった?喋ってて」
「えー、いやいやいや、そんな話でもないでしょこれ……。それに僕は影響を認めながらも基本的に前向きだし……」
「おや」
 〝魔法使い〟は驚いた、という顔を作った。やたらとオーバーアクションだ。
 なんかたまにこの娘、態度がアメリカの人っぽいんんだよな、完全にイメージで言ってるけど。
「君の口から前向きなんて言葉が出るなんて、驚きだ。どゆことどゆこと」
「いやだってブギーポップが、洗脳されてない人間なんてこの世界にはいないけど問題はその中で洗脳されていない部分で何を最も大切にするかということだって言ってたし」
 
 ――――それを聞いたときの〝魔法使い〟の表情は彼女と別れてから数年経った今でも明確に思いだせる。
 口を閉じたまま地面と平行に横に広げて、なんとつまらないことを聞き出してしまったんだ呆れたという顔だ。
 彼女は表情を目まくるしく変えるから見ていて全然飽きなかった。
 
「はいはい、いつもの上遠野浩平芸ね。さておき、じゃあこれってけっこうそんなストレスフルなコミュニケーションの話なの?」
「いや、全然そんなことはないんだけどさ普通に買う人が求めてるような痛快なお話なんだけど、でもこう、根底に想像力?みたいなものを感じる?」
 〝魔法使い〟は顎で続きを話すように僕を促した。どこまで偉そうになるんだこの娘は。もしかしたら、さっきのくだりで機嫌を損ねているのかもしれない。
「つまり、けっこうファンタジーとかで異文化の人と意思疎通を取ろうとして難しいみたいな話ってよくあるじゃん。例えばエルフは長生きだから時間の感覚が違うとか、騎士は主君を第一に考えると共に騎士道を持ってるから卑怯な提案をはねのけられるとか。でも、今言ったようなのってどこかテンプレっぽいというか、いやもちろん上手くやってる人もいるんだけどさ、どこか〝おいおい、そういうことじゃないだろ思考が違う人とのコミュニケーションっていうのはよー〟みたいな気持ちを抱くことが多いんだよね。言ってしまうと結局その世界には現代日本で育った作者と同じ考え方をする人しかいなくてところどころバリエーションを作るために定数が書き換わってるだけみたいな。想像力とか、生々しさとか、リアリティとか、できればそういう言葉は使いたくないんだけどそういう言葉で表わされる何かの欠如を感じるだよ。違う文化圏で違う人生を送ってきた他者を感じないんだよ」
「なるほど、私と君がまるで同一人物みたくわかりあって、あるいはどこが異なるのかわかりやすくわかりあえなかったりするみたいなものだね」
 僕と〝魔法使い〟は多くの共犯者がそうするように笑いあった。
 
 
 
「あと、青春の話だったんだけどさ。僕たちがある作品を指して青春ものって言ったとき、それは二つに分けられると思ってるんだ」
「ははーん、AとA以外だね?そういう分け方をすればなんだって二つに分けられるからこそその後の話が大切になってくるんだぜ?」
「まあ、二つに分けるって言ったらAとA以外って分け方するよね。さておき、この場合の二つは〝終わりを意識しているもの〟と〝終わりを意識していないもの〟だ。あるいはこれって〝青春を描いたもの〟と〝青春の中にいる人を描いたもの〟かもしれない」
「うん、解説プリーズ」
 このパターンもテンプレートになってきたな……。
「つまりさ、青春って終わるものじゃん。これは僕が後ろ向きだからそう考えているとかそういうことでなく、単に青春って言葉はそういうニュアンスが含まれているよね、っていう話で。つまりそれが老後まで続いたらそれって青春じゃなくて単にキラキラしている人生とか反体制な価値観とか現実を直視できない幼さを持ったまま成長してしまった人とかそういう話だよね、っていう」
「まあそだね、青春は終わって朱夏が来て白秋が暮れて玄冬を迎える、それが人生だ」
「終わった結果として、一人の人間として現実を直視して、自分の足で強く立って生きるのか、それとも後ろ向きにあの時はよかったと振り向くだけなのか、いつのまにかサラリーマンになってて漫然と日々を過ごしているのか、それはわかんないけどやっぱり青春はいつか終わるものだと僕は思う」
「なるほど、つまり〝青春を描いたもの〟は必然的に〝終わりを意識しているもの〟になるし、たまたま登場人物が高校生で〝青春の中にいる人を描いたもの〟は〝終わりを意識していないもの〟もあり得ると、なるほど。定義はわかった。それで、この作品はどっちなのか、って話になるわけだ」
「そう、そしてこの話は明確に〝終わりを意識しているもの〟になる。そして、青春は終わるけどそこで人生や価値観は途切れたりせず、連続してその後に続いていく様を力強く描いている」
 いずれ終わりが来る青春という時代と、その後の人生というのを明確に意識して話が作られている。僕自身の年齢もあったかもしれないけど、とてもそこがよかった。
「はんはん、それが最初に言ってた〝技巧〟って部分の話なのかな?」
「いや、ここは関係ないとは言わないけどそこまで関係する話でもないかなー。っていうかさっきの異文化とのコミュニケーションの話もそうだけどあんまこのあたりの話ってロジックみたいなので解決する部分じゃないかなー、って」
「ロジックじゃなければなんなのさ」
「つまりさー、青春はまあ終わるとして僕はけっこう〝あの時は輝いてたのに今では……〟みたいな暗いノリのやつ好きだけど、そうでないならまあそのあともめっちゃ長々と人生続くんだからどこかで前向きになるしかないじゃん?異文化コミュニケーションだって〝頑張れば分かり合える〟〝分かり合えなくても互いに尊重して一緒にいることはできる〟〝私はタタラ場でサンは森で暮らす共に生きる〟〝別々に生きよう〟くらいのバリエーションはあるかもしれないけど、けっこう人類的に頑張って考えてるテーマでさ、そんな今さら画期的な回答がある?みたいな。いや一般解じゃなければいくらでもそのロジックは思い付かなかった!みたいな美しい解法があるかもしれないけど。だいたい答えは出てる気がするんだよね、そのへんの普遍的なテーマって」
「むー」
 〝魔法使い〟は不満げにうなった。なんとなく反論したいけど特に思い付かないということなんだろう。
 いやまあ、多分探せばそれなりに効果的な反論は見付かる気はしてるんだけど。これって単に前振りでそこまでの本気度でもないし。
 〝これはかなり画期的な一般解が示されてるぜ!〟という小説をご存じで僕が信頼してそうな人は是非僕にその小説を教えてください。
「で、さっきのロジックじゃなければなんなのか、という問いに答えるとロジックじゃなかったらパワーだよね。人間は青春の後も強く楽しく生きられる、異文化とも共に手を取り合って生きていける、そういうところに落ち着くとして読んでる僕らが〝なるほどその通りだ!〟って説得力を感じるだけの何かがそこにあるか、って話だと思う」
 例えば、分かりやすくだいたいの日本国民は観たことがある国民的アニメであるところの〝STAR DRIVER 輝きのタクト〟で言うと、タクトがもうこれ以上はなかなかないんじゃないかというような空を目の前にして「これとは違う、もっとすごい空を見るさ」と言う。僕たちはああきっと彼らは見るんだろうなと思う。この先、つらいことが待ってるかもしれないし、いつまでも若者ではいられない。でも、彼らはきっともっとすごい空を見る。僕らはそれを心から信じることができる。それが僕がパワーと呼んだものだ。
「まあ、この作品からそれを感じることができるか、っていうのは人によって違うだろうけど、僕はそれを感じた。だから僕はこの耳刈ネルリを王道な名作だと思う。そういう話がしたかった。これまでの話はまあこの結論のための前振りだね」
 
 
 
 
 
 
 
 
「あれ?結論出しちゃったけどなんか最初から引っ張ってた構造が優れてたみたいな話は?」
「あー、うん、それってわりとネタバレになりそうな気もしないでもないから最後に持ってこようかな、って」
「ネタバレとか気にしたの……このコーナー……これまでなんのアナウンスもなしどこにもポジションを取らずにに好き放題してたじゃん」
「まあ、そうなんだけどさ。というわけで、ここから先は人によってはネタバレだと思うかもしれない話です」
「まあ、いいや、聞こうか」
「まず、異文化的な部分に関して上手いなー、って思ったのは主人公がナチュラルに他所の国のことを後進国扱いするのよ、これってリアルだなーって思うわけだけど普通だとちょっと印象悪いじゃん?」
「まあ、〝みんな自然に考えてしまうけど口には出さない部分〟だよね。口に出さなくても内面を描かれる小説の人はそのへん感じ悪くなってしまうと」
「そのへん、主人公の国も現代日本人の僕らから見たらそんな全然いい国じゃなくてそのへんバランスいいなー、って」
「あー、現代日本人的な社会の人が他人を後進国とか言ってたらなんか読んでてつらいものあるもんねー。あれ?めちゃくちゃどうでもいい話だったけど引っ張った話ってそれなの?」
「いやいやまあまあ、何より〝すげー上手いなー!〟とか〝この人は青春を描いてるんだな〟って思ったのは視点の時系列があるタイミングを境に変ってることかな」
「えー、どゆこと?」
「途中から、未来からの回想視点になるのよ、この話。この記事の一番最初に書いたような感じで」
「あ、あの茶番ってその説明のために書いてたんだ」
「軽薄で考えなしでノリだけで如何にも青春っぽい主人公が二巻で最高に青春っぽいお祭りイベントとか父親との対立とかする!熱い!みたいなタイミングでふと未来の話が描かれて色々終わった後の話が描かれる。そして青春時代で新しい展開があるけど明かされている未来の情報的にこれは上手く行かないやつでは?みたいな感じで二巻が終わる。そこから三巻は未来からの視点で描かれるけど、最終的に物語が未来に追いついて終わり、みたいな構造しててそれが上手いなー、って感じなのよ。さっき言ってた青春の終わりとその後みたいな話を語るのにこれほど向いている構造はないんじゃないか、って感じで」
「なるほど、べた褒めだー」
 
 まあ、そんな感じで全三巻なのもあってけっこうお奨めです。耳刈ネルリシリーズ。