僕と魔法使いの会話-銃・病原菌・鉄(上)

登場人物紹介


今回明かされる設定として眼鏡をかけている。

魔法使い

今日はオフだから私服。


4月6日読了 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎


「と、いうわけで上巻読みました。いや、正直斜め読みというわけではないけどところどころ視線が字面を上滑りする感じだったから取り上げようか迷ったんだけどさ」
「お、正直な申告だ。さておき、これかなり有名な奴だけどそこまで面白くなかったの?」
「んー、まあ流石に知名度があるだけあってけっこう熱い感じだとは思ったけどね……いくつかの理由でそこまで乗れなかったなー、って感じがある」
「ほうほう、言うてみ言うてみ」
 なんか、だいたいこの導入パターンが固まって来てる気がするな……。いやまあ、企画的に僕が何か言って〝魔法使い〟が受けたり質問したりという形式にするしかないから仕方ないんだけどさ。
 
 
 
 
「まあ、まず僕さー、作者が〝まあ、読者はこれくらいの知識は持っているだろう〟みたく思っているであろう知識を僕は持ってないよね。普通に教養がない」
「あー……」
 〝魔法使い〟にしては珍しく気まずそうに目をそらした。
「普通に僕、世界地図に国名書いていけとか言われたら同年代の同じくらいの立場の人に比べて壊滅的にできない気がする……」
「同じくらいの立場の人って言い方がまた曖昧でそこの定義しだいでどうにでもなるから実質何も言ってなさそうな発言だ」
「まあね……実際、まあ周囲にいる文化圏の人しか知らないから実際に僕くらいの年齢の人がどの程度そういうことできそうかまったくわからないからね……」
「ま、そだよねー」
「このまま義務教育レベルの知識もないまま過ごして死んでいくんだと思うと悲しいねー」
「うっわ、ナチュラルに嫌なこと言うなー、この人」
 
 
 
 
「あとさっきのがまあ〝悪いこと〟なのに対して今度のは良いことでも悪いことでもないって感じなんだけど」
「うんうん」
「けっこうこれって〝口では多くの人が人種平等をうたってるけど内心ではそうではなくて、それはこういう事実に基づく価値観だけどおれがそれに新しい解釈を与えてやる!〟みたいな熱い姿勢が感じられる本なのね?」
「あ、わかった。そうはいってもヨーロッパの人間じゃないしそんな白人万歳万歳万々歳みたいな価値観も内面的に持ってないみたいな話でしょ」
「そうそう、内面に持ってなくてもこう、もうちょっと西洋的な所に近かったらこう、そういう作者の熱いメッセージを受け取る器みたいなのはあったと思うんだけどわりとそのへんのメッセージに無関心だったんだよね。そもそもその問題自体からの距離が長いというか」
「まあ、そのへんはどうしたって仕方ないよね」
 まあ、逆にそんな中で翻訳されて話題にされているわけで〝だから楽しめない〟なんてことは全然なく、単にやっぱり僕の教養のなさが悪いんだろうけど。
 とはいえやっぱり、〝熱いメッセージを感じるなぁ〟と思うと、それを受け取るアンテナが自分にないことになんとなくもにょもにょしたりもするのだ。
「んー、まあでも偏見がないことって〝良いことでも悪いことでもない〟どころか良いことなんじゃない?差別主義者だったらもっと楽しめたかもしんないけどさ、それはまあどうかじゃない?」
「うーん、基本的に無関心無知識から来る平等みたいなやつだからたまたま良いとされてる側の目が出てるだけというか」
 僕は〝魔法使い〟になんと説明したものか少し考える。
「結論としてまあいい所に落ち着いてるっていうのは僕も認めないでもないけど、それってつまりコインを投げて表が出たとか、サイコロを振ってクリティカルが出たとかそういうのと同じ話で、正しい道を通ってないんだから同じ程度の確率で漠然と差別主義者だった可能性もあると思うんだよね」
 人種的な話は地球に住む以上は無関係ではいられないんだから無関心無知識は悪だからそれは〝悪いこと〟だ、なんていうほど僕は理想が高くないし正義にも燃えてない。身近に留学生はいれど基本的には日本人しかいないし。
 とはいえ、たまたま正しい結論を持っていたから〝良いこと〟だ、なんて主張するのもどこか後ろめたさを感じる程度には小心者だ。
「ま、実際にはこれほど平等が騒がれている社会でまっとうに教育を受けて育ったんだから無関心だったらだいたい平等の目が出るとは思うけどね」
 僕は肩をすくめた。逆に周囲が差別的ならそれに賛同していただろうけど。
「ふんふん、君はそんな風に考えるんだね」
 〝魔法使い〟はにやにやとどこか楽しそうに笑いながら賛同とも否定ともつかないフラットな相槌をうった。
 ……嬉しそうなのはどこかにコンプレックスっぽい匂いをかぎ分けたからだろうか。なんかいやだなぁ、こいつ。
 
 
 
「あ、あとサイコロを振ったような話っていうので思い出したけど」
「うんうん」
「たまに読んでて〝んー、微妙にこれ結論ありきで言ってない?〟みたいに感じる部分がないでもなかったのよ」
「お、熱い内容批判くる?」
「こないねー」
「えー」
「いや別に、そんな根拠とかないし、使われてる理論の瑕を見つけたとかそういう話じゃないからね……」
 単に性格的にこの手の本を読むとだいたい一箇所は「えー?これ本当に理論通ってる?視野広く取ってる?」みたいな気持ちになることがあるってだけだし。
「っていうか、この〝疑わしいなぁ〟って感情自体がサイコロを振ったようなもの、って話。あるいは逆に〝お、正しそうだ〟っていう感情もそうだね。専門知識のある人が騙すつもりでとんでもないデタラメを書いても多分僕は説得力を感じてしまうだろうし」
「んー、つまり書いてあることの正誤を判定する能力も知識もないから正しく感じようが間違っていると感じようが同じようなもの、ってそういうこと?」
 〝魔法使い〟はどこか気持ち悪いものを見るような視線を僕に向けた。
「能力って言うのが逃げなら、それだけの熱意がないって言ってもいいけど。参考文献はちゃんと載ってるんだからそれなりに熱意があればそこそこ判断頑張れそうな感じはあるし。とはいえその熱意もないし面白いことが書いてあるなー、くらいにしか受け止められないというか」
 あるいはこの本が受賞したというピューリッツァー賞というものがどのような性質のもので、どの程度のこの本の内容が〝信じて良いもの〟なのかわからないというのもある。査読通ってるの、みたいな。
「うーん、あのねあのね、いいかな?」
 〝魔法使い〟は再びどこか気まずそうな顔を作って言った。
「なんだいなんだい、いいよ?」
「多分、君はこれまでの人生のどこかで自分の専門に近いところとかで門外漢が的外れな判断しているのを見てイライラした経験があって、他人の専門分野についてそういう態度を取っているんだと、そういう風に推測するんだけどさ」
「ん、だいたい間違ってないと思うよ」
「それを正しいとする視点もあるんだろう、と言った上で私は〝魔法使い〟として、あるいは脳内パーソナリティとしてその姿勢は誤っていると指摘しなくちゃいけないぜ?」
 よほど、僕の言っていることが気に入らなかったのか、〝魔法使い〟は言葉ほど中立的でない強い口調できっぱりと言った。
 そういえば、〝魔法使い〟はいつも楽しいと感じたことを何より大切そうに扱っている。そんな彼女にとって、正しいと感じようが誤っていると感じようが同じこと、なんていう自分の感じたものをないがしろにするような意見は許せなかったのかもしれない。
「〝魔法使い〟として、っていうのはなんとなくわかるけど脳内パーソナリティとして、っていうのは?」
「いやだって、脳内の仮想人格と話す良さなんてなんちゃって客観性とかフェイク多様性とかそういうのでしょ?君は自分を肯定するのに他人を必要とするタイプでもないしだったら否定する役割しかないじゃん」
 まあ、私が見たからといって所詮脳内パーソナリティだから査読ありにはならないけどさ、と〝魔法使い〟は続けた。
 
 
 
「あ、あと最後のこの本を十全に楽しめなかった理由みたいなのだけどさ。この本が出てから10年も経ってるっていうのがあるね」
「それってなにか関係ある?まさか君が10年も経つと最新の研究で否定される、なんてことがわかる立場ってわけでもないだろうし」
「もちろん、わけでもないね。つまりね、これだけ有名な本でしかもある程度時間が経っている本だと内容を漠然と耳に入ってくるんだよね。けっこう〝あ、これ聞いたことがあるー〟って話が書いてあったんだよ」
 例えば「フロイトが無意識を発見したんだぜすげー!」って聞かされても、「あ、うん、無意識ね、知ってる」みたく感じてしまうようなものだ。あるいはリンゴの落下を見て万有引力を発見したエピソードとか。
 発見自体がどれほど素晴らしくても常識になってしまった後に聞いても、〝なるほど、客観的に考えてそれはすごい〟くらいのちょっと引いた立場になってしまう。いや、想像力があれば感動できるのかも知れないけど。僕には無理だ。
「ここまで教養がない、興味がない、熱意がない、って言ってきて最後に知識があるっていうのは一貫性に欠けてない?キャラクター設定大丈夫?」
 いや、〝魔法使い〟は自分のキャラクター崩壊を気にしようね……?
「さておき、僕に知識なんてないよ。

 ――――僕は体系だってないものを知識とは呼ばない。

 五十音順にも並んでなければ索引もない辞典は辞典とは呼べないようにね」 
 僕は眼鏡(実はかけてた)の位置を直しながらそう言った。
「いや、決め台詞決めたところ申し訳ないけど、俺定義振り回してないでちゃんと他の人が使ってるのと同じような意味で言葉使おうよ。コミュニケーション取りたかったらさ」
「はーい」
 まあうん、実際〝じゃあなんて呼ぶの?〟って聞かれたら困るしね。言ってみただけ感はある。
 
 
 
 
 
 
「いやー、でも今回はアカデミック?みたいなものに対する君の潔癖症というか、憧れ?挫折感?屈託?コンプレックス?まあ、そういうものが感じられて面白かったねー。ごちそうさま、って感じ」
「いや、〝魔法使い〟はそのキャラでやっていくのかどうか本当に一度冷静に考えたほうがいいよ……?」