僕と魔法使いの会話-肩越しの恋人

登場人物紹介




この記事を書いている人。

魔法使い

この記事を書いていない狐。


 3月31日読了 肩越しの恋人

肩ごしの恋人 (集英社文庫)

肩ごしの恋人 (集英社文庫)

「しかし、主様よ」
〝魔法使い は目を細めて言った。まったくもっていつも通りの質問からのスタートだ。
「お主が、このような如何にも女流作家というような作品を読んでいるというのはけっこう他人から意外に思われるのではないかのう」
「まあ、そうかもね。実際、これまでの人生で5人くらいに唯川恵とか読むんだ……って言われてる」
〝魔法使い〟はそれを聞いてコココ、と笑った。
「そうじゃろうな。それを聞いて主様はどのように思うんじゃ?やはり、勝手に人を型にはめて判断してんじゃねえ、くらいに思うの」
「んー、僕自身わりと意外に思いながら読んでいるというか、自分の知らない世界が書いてあるから読んでいるみたいなところがあって納得かなー、って」
「ほうほう」
〝魔法使い〟は楽しそうに頷き続きを促した。
「ほら、ちょっと前に〝知っているものだと感動できない〟みたいな話をしたじゃん、そのへん〝セックス!浮気!現実!〟みたいなお話は読んでてわりとファンタジーだからそれなりに面白い。桐野夏生なんかもけっこう好きだし」
「ほうほう、しかしファンタジー小説よりも女性の方がファンタジーとは如何にも主様らしい感想よのう」
〝魔法使い〟はまたコココ、と笑った。さっきとは違って小馬鹿にしていることを伝えようという意志が感じられる。
まあ、この程度のねこぱんち――――いや、狐ぱんちか?さておき、この程度は親しみの表現みたいなものだ。攻撃にはならない。
「まあ、わりと読むと気分が沈むしあんまり続けて読みたいものではないんだけどね。たまに読みたくなる」
「なるほどのう」




「けっこう、この話色んなところでしてるし、聞いたことある人も多いと思うんだけど、唯川恵といえばエッセイですごく好きな話があってさ」
「ほう、なんぞ?」
「すごく好きって言ったわりには詳細はわりとうろ覚えなんだけど……よく上司の愚痴で盛り上がってた人がいてさ、その人と自分はすごく仲がいいと思ってたんだって」
「うむ、共通の不満や苦労が人を結びつける。人の世にはよくあることじゃな。共に徴兵に行った人間は親友になる、なんて話も聞いたことがある」
「まあ、そんなノリなのかな?でも、その上司がいなくなって、その人と全然話すことがなくなってしまって〝ああ、上司がいなくなったらそんな共通の話題もないんだな〟って疎遠になっちゃったんだって」
「なるほど、不満が作った絆は満足と共に消えてしまったというわけか」
「まあ、それを読んでこれまで疎遠になった人とか今仲がいい人とかを思い出してさ、確かに共通の話題みたいなもので繋がってるけどそれがなくなったら疎遠になるしかないみたいなところはあるかもなぁ、って思ったんだ。それでまあ、これまで〝共通の話題を作るために行動する〟みたいなのなんかすごく気持ち悪いと感じていたというか、抵抗があったんだけど疎遠になりたくないならそういうのもありだな、って思うようになったんだ」
「なるほどなるほど、そうして主殿は今ある繋がりを切れないように努力することを覚えたというわけか。いい話じゃのう」
「たはは……」
僕の乾いた笑いに〝魔法使い〟は不審そうに首をかしげた。
「なんじゃ、そう考えてもそういう話じゃったろう。違うのか?」
「いやまあ、思うようになったんだけど現実として努力した憶えがないし、疎遠になったときに〝まあ共通の話題がなくなるのを見過ごしたししょうがないね〟って思うようになった、くらいのノリかな?」
「ある意味、主様らしいが……おぬしなぁ……」
 〝魔法使い〟はその先を言わなかったが、肩をすくめて〝呆れた〟という思いを伝えてきた。その仕草は、まるで欧米の人みたいでまったくもって彼女には似合わなかった。
「いやうん、MtGとか好きな作家の新刊とかはそれなりに定期更新される新しい話題だからそのへんで話してる人とはしばらく大丈夫だから、うん」
「まあ、主様がそれでいいと言うなら妾から特別言うことはあるまい」



「して主様よ。この本を読んだ感想としては〝気分は沈んだが知らない世界で面白かった〟みたいな感じでいいのかのう?」
「いやー、それがこの本に限っていうと予想外に爽やかな感じで友情とかあってびっくりした。いや、予想を裏切られたよ。一つ前に読んだこの作者の本がそれはもうバッドエンドにまっしぐらすぎて読んでて〝逆にここまでバッドエンドの予感しかしないとハッピーエンドになったりするんじゃない?〟って意味不明のこと思うくらいだったからなおさら。そのへんもあって面白かったかなー、僕友情っぽいの好きだし」
「ほう、それは善哉善哉」





「あ、あとキャラ萌え的にけっこう僕の好みだったかも」
「お、お約束の〝そういえば君に似ているね〟って言って告白する流れじゃな?」
 さあ来い、といわんばかりに〝魔法使い〟は軽く反った胸に手を当てた。
 もちろん、そんな流れじゃないし、お約束でもないし、そもそも一度もやってない。もはや、相手をするのすら馬鹿らしいので僕は無視することに決めた。
「いやまあ、このキャラクター萌えってわりと本当に現実から乖離したフィクションの女の子に向けるタイプのやつで、若干この小説に適用するのに距離を感じないでもないんだけどさ」
「して、主様はどのようなおなごに萌えるのじゃ?」
 無視されたのが不満なのか、やや声に攻撃的な響きがある。
「えー、なんか上手くいえないんだけど、自己評価が低かったりうじうじしてたりするんだけど、タフで強がりで間違ってると感じたものを捨て置けなくてやや投げやりに正しに行くみたいな?そういう女子中学生か女子高生がなんかすごく好きなんだよ」
「ほ、ほう……」
「まあ、この小説に出てくるのは社会人で女子中学生でも女子高生でもないんだけど」
 女子中学生か女子高生だったら本当によかったんだけど、まあ仕方がない。そういう小説ではないのだ。
「うーむ、それを聞いて分かった気になるのは容易いが、それってその後に〝こういうのが好きなんでしょ?〟って聞いたら絶対〝え、違うけど〟って帰ってくるやつじゃしのう……。例えば、具体的にどんなキャラクターがそのタイプで萌えを感じたのじゃ?」
「うーん、それがね。じゃあそれが誰だ、って聞かれると出ないんだよね」
「は?では主様は一体いつ〝自分はこういうキャラクターに萌えるんだ〟って認識したんじゃ?」
「さあ……それは僕にも不思議なんだよね……」
「おぬしに不思議なら妾にはもっと不思議じゃ……」
 エイプリルスノウなんかはけっこうそのへんヒットだし、お前の理想の女性像っぽいとか見た瞬間に蝉ミキサーが好きそうとか言われたが、それは自作のキャラクターなんだからそりゃあまあ僕好みだろうって話だ。
「ただまあ、自己評価多分低くないし、うじうじもしてないけど、ブギーポップの九連内朱巳が源流の一つであることは間違いないとは思う」
「あー、一歩抽象化して〝若者らしく悩んでいるようなところがあるが、内心強い思いがある〟みたく抽象化すると、全体的に上遠野浩平のキャラクターっぽいかもしれんのう」
「あー、ぽいかも」
 結局この話、いつもの上遠野の影響からは逃れられないみたいな結論に落ち着くやつなのかも知れない。
「さておきそんな感じで、友情あり、キャラクター萌えありで実はかなり僕好みな感じだったね。面白かった」
「まあ、主様が楽しめたのならそれはなによりじゃ」
 
 
 
(ところでこれ、前回とは打って変わってほぼ自分語りじゃったのう)
(まあ、いいじゃん)