僕と魔法使いの会話-オレたちバブル入行組

登場人物紹介




この記事を書いている人という設定の架空の人。

魔法使い

この記事を書いていない架空の力を使う人。





「で、実際やってみてどうだったの?」
 この記事は〝魔法使い〟の唐突な質問から始まる。
「やってみてって、何を?」
「〝彼女〟とか〝天使〟とか〝死神〟とかそういう抽象的で非日常な名前の女の子と日常のことを喋るような文章を書いてインターネットに投稿する行為」
「ああ」
 僕は納得する。そういえば前回そんなことを言っていた。
「そうだね、やりたくなる人の気持ちがよくわかるよ。これは読む人と書く人の両方にとって悪くない形式だと思う」
「へー」
 〝魔法使い〟は相槌を打ちながら、意外だというように少し大きく開かれた目で僕に説明を促す。
「つまりね、僕が以前このブログで書いていたような文章に比べて架空の女の子と台本形式でおしゃべりする文章のほうが書きやすい人はけっこう多いだろうな、ってこと」
「読む人にとっては?」
「そりゃ、下手な日本語よりかはまだかわいい女の子との会話の方が読んでいて楽しいでしょ?」
「まあ、痛々しくてつらい、って感じる人は多そうだけど」
「だろうね。それにやりやすい人が多そうっていうのは誰にでもできるってことだし、もはやインターネットでこんな〝誰にでも書ける文章〟をアップロードしてどうするの、ってところもあるしね」
「それが前回言ってた〝今しかない〟ってこと?」
「そうだね」
 
 
 3月24日読了 オレたちバブル入行組

オレたちバブル入行組 (文春文庫)

オレたちバブル入行組 (文春文庫)

 
「あ、知ってる。ドラマ化した奴だ」
「ドラマ、半沢直樹の原作だね。ドラマの方は観てないけど」
「それで、どうだったの?」
「うん、流石ドラマが大ヒットしらしいだけあって娯楽小説としてバランス感覚が絶妙だったと思うよ」
「大ヒットしたらしいだけあってゴラクショーセツとしてバランス感覚がゼツミョー」
 〝魔法使い〟はレストランで頼んだシーフードパスタの貝に砂が入っていたときのような表情で僕の表現を繰り返した。
「もしも、君が世間で大人気のものを素直に誉めるのはださい、って思ってそんな表現を使っているのならそっちの方がよほどださい、って思うな」
「辛辣だね」
「そういう反応をされるようなことを今君は言ったんだよ。まるで作品の感想を書くとお金がもらえる人が雪かきでもするように使う言葉でさ。もしも、君が作家志望とかだったら痛くてとても見てられなかったよ。君が作家志望でなくて本当によかった」
 どうやらよほど僕の表現が気に入らなかったらしく、〝魔法使い〟は臍を曲げてしまった。
 もちろん僕も悪かったけど、読んでそういう感想を抱いてしまったんだからしかたないじゃないか、なんて考えるのは自分に都合がよすぎだろうか?
 
 
 
「それで、もう少し詳しく話すとどうだったの?」
 〝魔法使い〟が口を開いたのは沈黙が二人の間に横たわってから数分経ってのことだった。
 その間、僕は喋ることを考えていたからスムーズに話始めた。
「うん、基本的にはる痛快エンターテインメント小説と作品紹介に書かれているように痛快さを目指した話だ。悪い人とそれによって苦しむ人が出てきて、悪い人が倒されて苦しんでいた人は幸せになって溜飲が下がって痛快さを覚える」
「そういう言い方をしたら多くの作品がそうなりそうだね」
「とにかくバラ――――」
 バランス感覚が優れている、と言おうとして僕は言葉を止めた。さっきそれで〝魔法使い〟の機嫌を損ねてしまったじゃないか。
 僕は馬鹿か。なんでこんなに時間があったのに別の表現を―――もっと別の言葉を探しておかなかったんだ。
「それで、どんな風にバランス感覚が優れていたの?」
 自己嫌悪に陥りそうだった僕の思考を止めたのは〝魔法使い〟のその言葉と優しい笑顔だった。
 さっきまで心の中に渦巻いていたものは一切の痕跡を残さず消えて、僕はすっきりとした頭で〝魔法使い〟と理解し合うためにどんな言葉を使うべきか探した。
「うん、まずその悪い奴っていうのが〝かわいそうで悪に走ったのも分かる〟ってほどではないくらいに同情したくなる境遇でね、全部そいつの身から出た錆なんだけどとはいえかわいそうだと思う心もあるな、みたいな」
「うんうん、それで?」
「しかも、その妻と子供が描かれて〝ああ、こいつが裁かれたらこの人達まで悲惨な目にあうのかそれはかわいそうだな〟って心が湧いてくるんだ。そしてその結末を回避させてくれる存在を願うようになる。それこそまさにフィクションでヒーローが現れるのを待つような心境さ」
「これからヒーローが倒そうとしている相手なのに?」
「そうそう。だから、かといってじゃあ〝悪を倒さない〟って選択肢を選んだらきっと僕はなんて煮え切らない話なんだって言うだろうな、って心のどこかで思うんだよ」
「それでそれで?」
「うん、そこから上手いところ――――多分ン多くの人にとって後味が悪くなく痛快さを覚えるところに着地させる。人によっては勧善懲悪として手ぬるいと感じかねない着地地点だけど、そこで初めて空かされる主人公の胸中と因縁!って感じで上手く処理してた」
「もー、また処理とかそういう言葉使ってる」
 〝魔法使い〟が頬を膨らませる。とはいえ、さっきとは違ってそこまで本気で不快さを覚えているというわけではなさそうだ。多分、熱く語ったのがよかったんだと思う。
 あるいは単に僕はそういう人間なんだって、その優しさで諦めと許しをくれただけかもしれないけど。
「まあ、そういうわけで面白かった。あとは適度に異世感というか、業界とか時代の空気みたいなものが味わえたのが面白かった。これもけっこうやっぱり、バランス感覚がよかったと思う」
「異世界感?」
「えー、バブルの空気は知っている人多いとしても、銀行内での力学とかシステムみたいなのってだいたいの人にとって異世界じゃない?」
「ああ、そういうこと。うん、そだね。それでバランス感覚っていうのは?」
「作者のこと全然知らないからそういうところにいたのか、それとも取材したのか知らないけど、ちゃんと色々知っているんだなって思わせつつも回収とか賃貸借表とかそういうのに対する説明を長々としないでサラッと終わらせてるところかな。色々と過不足のない説明だったと思う」
「つまり?」
「読んでいてワクワクしたし、楽しかった」
 それを聞くと〝魔法使い〟は呆れたように嘆息した。
 

「馬鹿ね――――それを最初にいわないでどうするの」