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お父さん!お父さん! 魔王が僕に恐ろしい約束を囁きかけてくる お父さんは聞こえないの?

一人で楽しそうになれない人間は積極的に文化的クソ雑魚として見下す風潮を作りませんか? 逆に一人で楽しそうな人はそのお方を魔王と呼んでみんなで尊敬しよう。

例によって本気にされたら困る系の記事です。

魔王についてのメモ書き

この社会の多くの人は批判も懐疑もなく、隣の人間と同じ振る舞いをすることに快楽を覚え、全体を均一化することを善とする。人生に意味があるとするならば、その倫理観から抜け出すことにあるだろう。
もし社会というものを一つの生物として見るならば、想像力というものはその生物にとって劇物でしかあり得ない。想像力というものは既存の社会が認める価値の前提や枠組みを疑うということであり、本質的に反時代的、反社会的なものとしてしか存在することができない。
君が想像力を持つのならば君は世界と対等の一つの国の王ということになる。あるいは君は多くの奴隷を引き連れるかもしれないが、君は本質的に孤独である。その概念に近い言葉を探すのならそれは魔王、と呼ぶのが相応しいだろう。それは反社会的で反時代的な王ということにしかならず、打ち倒されるか、打ち倒すか、どちらかしかあり得ない。


キリストや仏陀が人を惹きつけた理由はそれが反社会的で反時代的だっただ。それ以外に理由は一つもない。
キリストは罪人である徴税人や売春婦を祝福し、安息日に病人を癒した。それらの行為が反社会的だったからこそ彼らは人を惹きつける存在たり得た。
ある社会の価値基準というものは必ず踏みつぶす人間を必要とする。それと対等にして敵対する存在である魔王は、必ず現代において救済されない誰かを救済する。キリストが徴税人や売春婦を救ったように。それゆえ想像力というものは誰かを惹きつける。 不幸なのは、あらゆるシステムや価値基準といったものは生まれた瞬間からすでに過去のものであり、それは時代遅れな代物ということだ。ある瞬間において幸福を最大化する価値基準は次の瞬間には、打ち倒されることを待つ魔王になる。


魔王の感情は誰にも理解されない。
君の悲しみも、君の怒りも、君の喜びも、君の中にしか存在しない。君が楽しくなるのであれば一人で楽しくなるしかない。 君の隣で君と同じ意見を言っている人間は、隣の人間と同じ振る舞いをするこに快楽を覚える人間であり、君が最も憎むものと同種の存在でしかない。むしろ、隣で同じ意見を言っている人間こそが君の敵である。魔王は新しい価値基準により救済される人に人を惹きつけるが、常にその中で孤独であり続ける。
君の感情を理解出来る人間がいるとすればそれは君の対面に立ち、君と違う意見を言っている人間の中にしかいない。しかし、彼らは君と違う意見を持っているが故に君の理解者たり得ない。魔王の力は君を孤独にする。