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転ばーぬ先の杖も折れってっ途方に暮れる 星のー下にー生まれてしまぁったこっとっ罪じゃーないと云ってくっれっますかっ

上遠野浩平のことは好きだけど、今でも本当に好きだけど、それでもそろそろ彼に捧げた青春を泣きながら返してもらうべきという気がしている。

上遠野浩平ブギーポップシリーズの作者)の作品をなんであんなに好きで、そしてなんで最近はそこまでワクワクしないんだろうな-、ということをたまにぼんやりと考える。いや、今でも好きなのだけどね、前ほど熱狂的じゃないよなぁ、って。なんというか人生のある時期を過ぎると上遠野浩平に心から熱狂する気持ちが消えてしまうのかなぁ、とか。
上遠野浩平の作品のどこに感動するかというと「そういう風である人間がそういう風のまま幸せになろう」と必死で戦うところだと思う。彼らはそういう風に作られた、あるいはそういう風であるから特殊な能力を持ち、決して多数派にはなり得ない。いつだって異端者だ。彼らは能力的、精神的に特殊である、そして世界は決して特殊な人間には優しくできてはいない。
そういった自分に優しくない世界で幸せになろうとした場合、二つのやり方が考えられる。
一つは普通の人間になるということだ、世界が異端者に優しくないのなら異端者であることを反省して普通の人間になろうとすればいい。それをした場合おそらく彼らを主人公とした物語は「成長物語」と呼ばれるだろう。誰だってわがままな子供のままではいられない。
そしてもう一つは「そういう人間」であるままに世界と戦う道だ。上遠野浩平の登場人物たちの多くは、この道を歩む。それは変われないということなのか、変わりたくないのかは彼らに聞いてみないとわからないがとにかく戦う。彼らは幸せになるため、あるいは彼らは彼らであるために戦い続けるのだ。

だれだってそうだろう、と言ってしまえる事柄かはわからないが少なくても私は中学生、高校生の時自分の事を特別だと思っていた。自分の事を頭いいと思っていたし、そのくせ「あー、理解されねーなー。もうちょっと頭悪い方が幸せなんだろうな-」くらいに思っていた。まあ痛々しいと思うしそのときのことを思うと非常に苦い思いにはなるが、変に大人びた生き方をするより馬鹿でいることが許される時期に馬鹿だったほうがいいよなー、とも。そして何かにつけて社会は成長しろ、っていってくる。この成長というのはつまるところ「社会にとって都合のいい方向に変化しろ」ってことだ。

例えば漫画とかでも暗いキャラクターが出てきたとすれば「笑えるようになって」「色んな人と話せるようになって」「友達が増えて」そうして幸せになるということが決まっている。まるでそうしなければ幸せになれないかのように。 そりゃあ友達がいっぱい出来て笑えるようになれば幸せだろうさ、と思う。でも、暗い女の子が暗いまま幸せになったっていいじゃんよ、と一緒に思っていた。

そんな中、変わっている人が変わったまま戦い続ける物語があったらはまるさ、はまるだろうさ。そりゃ感動するよ。応援するともさ。みんなそういう風にしか生きられないけど頑張ってるんだよ。戦ってるんだよ。世界と戦う強さがあるんだよ。上遠野浩平好きさ、大好きさ。決まってるだろ。
でもなんというかそういう主人公たちに共感できて、そして信じられるのって最近難しい気がしてきたというか。まず、私ってそんな変わってないじゃん?どこにでもいるただの人間じゃん?あと世界強いじゃん。意地張らずに迎合した方が幸せになれるというか。私はどうせ凡人だしこれから尖ってる部分も少しずつ失っていくんだろうなぁ、とか。彼らの「強さ」と「決意」がなんというかどんどん他人事になっていく気がする。


そして戦国コレクションだ。
うん、実はこれまた戦国コレクション更新だったんよ。前の記事どことなくステマっぽいというか。戦国コレクションを出汁にした自分語りっていうか。内容に一切触れてないないじゃん。
戦国コレクションに惹かれる理由っていうのも、そういうことなのかなぁ、って思う。戦国武将たちが幸せを求め続ける酷く前向きな物語だったからこそこんなに楽しい気持ちで観てきたのかな、と。彼女たちは自分の意志と関係なく現代に飛ばされることに始まり、色々と望まない状況が降りかかる中戦い続ける。それもあくまで自分らしく。
あのときのようにそれを無邪気に信じて共感することはできないけど、それでも彼女たちの幸せを願ってるし、そんな前向きに戦う彼女たちを観ていると応援したくなる。そしてもちろん応援している彼女たちが幸せになったら嬉しく感じる。きっと私にとっての戦国コレクションってそういうことなんだと思う。26話戦い続けた彼女たちに、ありがとう。


(それっぽくまとめたけど、望まぬ状況におかれて戦う、って言い方をしたらどんな作品もだいたいそうなんじゃない?)
(それでも好きなんだから、まあいいじゃん……)

2012/10/07改めて聴くと UNLUCKY GIRL!! いい曲だなぁ、と思いながら。





・どちらかというと最終話まで観た人向け?各話感想
そういうわけで各話の感想みたいな話をやろうと思います。しかし、これ気軽に始めたけど26話って長いなぁ……。そこで前期だけ感想書いて気が向いたら書くことにしよう。
とも思ったけど前の話が戦国コレクション1クール目のOPで、次に2クール目のOPがタイトルになってる記事を書くことで「観てない人向けの宣伝的な記事」と「観た人向けの内容に触れた記事」でセットにしようと思ってたんだよなぁ。今回の記事を1クール目EDとかにしてもいいんだけど、それだと次の記事の2クール目OPがタイトルの記事で終わって気持ち悪いし……。
そういうわけでとりあえず8話まで書こうと思います。


・1話、小悪魔王・織田信長回(一見してクソアニメ回)
記念すべき第一話。
前半抜粋。
1.ソーシャルゲーム原作
2.女の子が空から降ってくる。
3.傲慢な態度で主人公らしき男のことを家来とか言ってくる。
4.なし崩し的に主人公らしき男の部屋に泊ることに。
5.あんまり物語的必然性を感じない部分で服を脱いでサービスシーンを演じる。
うわぁ……数え役満でクソアニメっぽい……。不安しか感じない……。
後半は普通に面白いと思います。

ところで主人公がヒロインに理不尽なことを言われて、当然っていう世界観のラブコメってあるじゃないですか。なんというか「着替えを見てしまったら殴られて当然」とか「奢らされて当然」みたいな価値観に支配された世界。私ああいうの嫌いなんですよね。 だから、信長がわがまま言いまくってるのを見てなんとなく嫌な感じを受けていたんですけど、あれは彼女一人わがままだけで世界の決定じゃなかったのです。彼女一人わがままなのと、わがままなヒロインを肯定する世界なのは全然別のことだと思うのでそのあたりこの後に信長がなにやってもストレスなく観れたんだ。これどれくらい伝わる感覚なんだろ。
あと、脱ぐのもこの作品がサービスシーンを挟むアニメってことじゃなく信長さんが脱ぎたがるキャラってだけでした。感じた不安は全部杞憂で本当によかった。
あと、彼女は「現代に残るのなら僕の部屋にいてもいいよ」って言われて「それも悪くない」って反応しながら、野宿しながらでも戦国世界に帰るために戦い続けるんですよね。このあたりが最初に書いた「そういう風にしか生きられない」ってことだと思う。 あと衝撃のラストで「えっ?えっ?ハーレムアニメ始まらないの?」ってなった。

ちなみにこれ主人公の指定すらクライアントからなかったそうです。そうだよなー、これくらい自由なアニメを作るにはそれくらい自由だよなー。納得だわ-。

こういう序盤の「どういうアニメか見極めよう」って感じがまた戦国コレクションのいい所だと思う。戦国コレクションは確かにオムニバス形式だけどやはり順番に観ると味わいが違う気がする。
これを途中から観たりするのはコンセプトアルバムを初聴でランダム再生するようなものだよ!
ところでこのブログを読むであろう人に一人「蝉ミキサーさんにしつこく薦められたから途中から戦国コレクションを観た」って人がいるという事実に「やっぱ1話から観ないとねー」みたいなこと書くのが大変心苦しくなってきた。


・第2話、泰平女君・徳川家康回(アイドルマスター回)
信長が消えたためハーレムアニメではないことはわかってどう転ぶかまったくわからない回。
いきなり「戦国武将」とか「異世界からやってきた」とかそういうのの説明を飛ばして、アイドルに憧れて歌ったり踊ったりするもどこでも上手くやっていけないみたいな話が展開される。
でも、他人と合せることもできるないけど、諦めることもできない。今回のそういう風にしか生きられないポイントはここね!(自分でもこじつけっぽく思えてきた)
一応、戦国武将っぽい格言を出したりするけど、異世界からやってきた戦国武将ということは特に触れられない。後半、どうやら徳川家康は自分が戦国世界からやってきたことを忘れていたっていう設定が出てきてそれを思い出すけどすごくどうでもいいし、すごくどうでもよさそうに物語は進む。
「秘宝を奪い合うのかな-」って思ってたから2話目にしてあっさり信長に秘宝を渡す展開には意表を突かれた。現代で幸せになるって選択肢は全然アリだよな-、みんなで奪い合うってお約束敵展開で思考停止しないでこういう風に多様性のある武将を描くのはいいよなー、とか思ってた。
いや、これもっと観るとわかるんだけど戦国世界に帰りたがろうとしているほうがすごく少数派なんですね……。 まあでも、そのおかげでそこまで帰りたいって人同士が争うこともなく、非常にストレスフリーで観れました。やっぱり仲いいのは観てて安心できるね!


・3話、純愛天使・直江兼続、聖乙女・上杉謙信(戦国ガチ百合回)
ガチ百合。
夢が見られない灰色の世界だから灰色にしか見えない、っていうのはアニメ演出的に上手いよなぁ。こういうところ非常に上手いと思う。一つ前の記事で小説のほうが好きだ、って言ったけどこういう映像的な仕掛けっていうのは映像でしか観られないのでそういうのを観せられると「ああ、動画を観ててよかった」って思います。
こういう映像的な演出が戦国コレクションは非常に上手くて、意味ありげにおかれたアイテムや背景の画風などでいちいち雰囲気や、暗喩を仕掛けてくるっていうあたりが流石お金かかってそうなアニメだな-、って思う。
あとなんの説明もなく直江兼続が飛ぶあたりが素晴らしい。びっくりした。びっくりは正義。

「なるほどなるほど、帰りたい帰りたくない武将がいるのね。なるほど、こういうアニメなのか。だいたいわかってきたぞ」なんていう間違った考えをこのあたりで覚えてた。
全然そんなアニメじゃねかったね……。


・4話、独眼竜姫・伊達政宗(スタイリッシュ成敗回)
前回:「なるほど、こういうアニメだったのね。だいたいわかってきたぞ」
今回:「えっ!?こういうアニメだったの!?」

前話まで観てこういうアニメなんだな、うんうん、とか行ってた自分が恥ずかしい……。
「私が捻くれているのは母親のせいでも父親のせいでも!もちろん小十郎のせいでもない」ってあたりの台詞からも思うけど、彼女こそまさに生き方を変えられないから戦い続ける人だよな-。今回の話だけでもそれなりにわかるけど、後の話とかでも「自分は異邦人だから、この世界で生きるのならこの世界の倫理観に合せなくてはいけない」ってちゃんと考えていて、自分は捕まっているべきだと思っているんだよな。(本人曰く)別に逃げたかったわけでもないけど、殺さなきゃいけない相手が外にいるから外に出るっていう。そのあとは小十郎探しに行っちゃうし。
それも復讐だけならわかりやすかったんだけど一番許せないポイントは部下に責任を負わせて自分は罰を逃れたこと、ってあたりがもう本当わかんねーよなぁ。この人本当小十郎いなかったら敵からも味方からも理解されないんだろうな-。
全体的に真面目な雰囲気でやってるのに「スライリッシュ成敗!」って言わせるのすごく面白いなぁ。

数少ない帰りたい人だと思ってたら再登場したときにはそうでもなくて結局戦わなかった。本当最後までシリアスに戦うことはなかったな……。


5話、斬神・塚原卜伝(ドキュメンタリー回)
前回:「確かに女囚ものたぁ驚いたけどまあでも武将が秘宝を取り合うってあらすじは変わらないし……」
今回:「ドキュメンタリー風……。しかも信長とか最初のほうに一瞬しか出てきてない」

このタイミングでこんな話が来るかー!って感じ。この回を観たあたりから「このアニメは期待できる素晴らしいアニメだ」って感じ始めた。いや、4話も面白かったし驚いたけども。「まあ、珍しい面白い話がきたのかもだし?これからはもっと普通に予想通りの話するかも」とか思ってたので。5話を観ることで4話はたまたま紛れ込んだ話ではなく計算によって配置された回だと信じることができた、みたいな。 さりげなく世界観説明がされたような?
とりあえず戦国武将が現代にいっぱいやってきてるのがすでに周知の事実という驚き。

「彼女たちは僕たちと違う権利が与えられているようにみえる。そう、彼女たちは帯刀している」

えええ……そこ触れるの……。いや、触れるだけならいいのよ、確かに彼女たちは帯刀してますからね。びっくりしたのはそれが許されていると作中で明言しちゃった点。そうか……許されているのか……。なんとなく触れないなら触れないでそういうものだと許すけど……。
これ「直前に観た時代劇のせいで彼は犯罪を犯した」って言ってるシーン、これパロディ元のの Bowling for Columbine だと犯行の直前までプレイしていたボウリングの悪影響が論じられないのはおかしいみたいな皮肉の話だったんだよな。それをさらに皮肉混じりに引用した結果一周回って普通になったみたいな……。
将軍様も来てるとか、戦国世界は今大丈夫なのだろうか……。有力戦国武将と将軍様が来てるとかもう駄目なんじゃないか……?
しかし、このオチいいよなー。平和な感じで。卜伝チャンって純粋な子供を演じてるけど、別に頭悪くないし、作中でも腹黒いって言われてたけどあっさりモースを許して次の企画にノリノリで参加したんだよな。モース不貞不貞しいなぁw
まあそういう仙人みたいなところが卜伝ちゃんのいう「殺せるけど殺さない」みたいな選択肢を多く持つ強者の精神性なのかもですね。


・6話 識神・平賀源内(タイムスリップ回)
武力を持っているかどうかすら無視し始めたよこのアニメ……。もう、この人秘宝とか持ってないし。話の筋ってなに?って感じだ。まったく、戦コレは最高だぜ!
だってこれ異世界から来たとかもはやどうでもよくね?一応、戦国世界から現代に飛んできたときの、技術に対する感動で未来に行きたいっていう理由付けはあるものの、これ別に現代の発明好きの少女、っていう設定でもいいんじゃね?まったく、戦コレは最高だぜ!
さらにこのへんから戦国武将の「現代に来て戸惑いですー!」とか「現代ではこうやって生計立ててます」とかそういう話はなんかもうどうでもよくね?っ感じになってる。何故か、なんの説明もなく戦国武将が誰か現代の人の家にホームステイしてるようになってる。
これ、確かに毎回やられても鬱陶しいというか、一回の放送は実際20分くらいしかないので毎回そのあたりのことやったら同じような感じになってしまうし、無視することですごい多様性を作ることができるんですよね。そういうところ、無視して色んな状況をつくるっていうのは英断だと思うし、思い付いても中々できないよなぁ。こういうところ本当このアニメすごいと思う。無視できるところはしちゃえ!みたいな。

まったく戦コレは最高だぜ!


・7話 風流人・松尾芭蕉 (芭蕉ちゃん つねに五七五 大変そう回)
全体的にセピア調というか古い映画みたいな空気を作ってて、映像的な演出は本当このアニメいいなぁ、って思う。
芭蕉ちゃんが来たことで色々と上手くいってなかったものが少しずついい方向に転がって行くみたいな物語、本当ストレスなく観れていいなぁ。戦コレはたまにこういういい感じの雰囲気の話を挟んでくるから油断なりませんね!
ツンデレおばあちゃん1号(劉備のときのおばあちゃんが2号)
しかし、信長さんが連れて行ったってことは芭蕉ちゃん秘宝持ってるっぽいのかな?まあ確かに、なにも戦いだけじゃないらしいので芭蕉ちゃんクラスの俳人だったら秘宝を宿してそう。



・8話 太閤娘・豊臣秀吉(なんだこれ……なんだこれ?回)
お、おう!
私この話大好きだよ!
でも語ろうとするとそれだけで1記事になっちゃいそうだし流していくね!
後の苦労人である千利休が初登場。この人イラストだといたずらな笑みを浮かべてるし、8話だとイラストのイメージ通りっぽいんだけど、それ以降はずっと苦労人かつ常識人として頑張ってるからあんまりそういう感じでなくなって……。
光秀がずっと走ってる関係上しょうがないけど、最終話で一人でいるのがつらかった。光秀ちゃんとあの後一緒に行動してたらいいな。




これけっこうつらいぞ……?気が向いたら続きやるけどけっこう大変だから気が向くかな……。